「残念さんの墓」って知ってる?【尼崎の文化財】

先日市内を散歩中こんなものを発見。

なんでしょうこのシュールな看板。

「残念さんの墓」

とりあえず探してみることにしました。

まずは大物公園内を探索!

看板に大物公園東と書いてあるので、とりあえず何も考えず大物公園内を歩いてみることにしましょうか。

さて、旅の始まりです。

その辺のおっちゃんから「bon voyage~(良い旅を)」なんて言われた気がします。

好奇心をくすぐるD51型蒸気機関車が!

歩き始めるとまず早速こんなものが

好奇心をくすぐるD51型蒸気機関車が!

ちなみにこのD51型蒸気機関車ですが大物公園では昭和48年(1973)6月9日から設置されているそう。

まわりはぐるりとフェンスで囲まれているのですが、毎月第3日曜日(4月~11月の間)には無料開放されているようですのでご興味のある方は行ってみてください。

公園内探索はまだまだ続きます

さて、いきなりの蒸気機関車の登場に話が横道に逸れてしまいましたが探索に戻りましょう。

さぁ奥へとどんどん歩いて行きましょう。

あっ・・・

時の移り変わりを感じる白馬の乗り物。

写真を撮ってくれる相方がいれば乗ることができたのですが。(いても乗りませんでしたが)

ってことでミスって西側にたどり着いてしまいました。

今回探している「残念さんの墓」は、大物公園東とのことですので気を取り直して反対側を目指します。

さぁどんどん行きましょう。

「尼崎城刻印石」クシダンゴの形をした刻印ですか。

変わったものもあるんですね。

そうこうしている間に東側に到着!

・・・するもそれっぽいものがない。

しょうがない!入口にあった看板でも頼ることにしましょう。

ん?

大物公園東って公園内って意味じゃないんや!

くそ!こうなったら文明の利器(スマホ)の出番や!

調べたら一発でした。

住所は尼崎市杭瀬南新町4丁目9-13杭瀬東墓地内です。

▽地図はこちら

ようやく到着しました!

ありました。

そもそも残念さんの墓とは?

長州藩士山本文之助の墓です。文之助は元治元年(1864)の禁門の変に従軍しますが、長州藩が敗北し、京都からの敗走途中に大物の城下町北の口門で尼崎藩に捕らえられ、取調中に自決しました。尼崎藩の建てた墓には、当時の「長州びいき」の流行から大坂からの参詣人が押し寄せ、やがて死に際に「残念、残念」と叫んだと言うので、「残念さん」と呼ばれるようになりました。 現在の墓は長州藩と取引のあった尼崎の商人油屋喜平(長尾家)の世話で建てられたといわれています。尼崎市HPより引用

つまり山本文之助さんのお墓です。

感想

今回シュールな看板に吸い寄せられる様に探した「残念さんの墓」

看板には大物公園東とありましたが、公園内ではありませんので、行かれる方はご注意を。

ただ大物公園はとても広く、散歩やランニングをしている方も多くいらっしゃいました。

それに園内にはD51型蒸気機関車や尼崎城刻印石など、興味が惹かれるものがあるなかなか趣深い公園でしたよ~

ちなみにこの「残念さんの墓」ですが、お墓参りをすれば願いが一つ叶うとの噂もありますので、興味のある方はぜひ行ってみてください!

名称:残念さんの墓

住所:尼崎市杭瀬南新町4丁目9-13杭瀬東墓地内