尼宝線は本当は何が出来る予定だった?【あまたびクイズ】

尼宝線

第一回あまたびクイズを開催いたします。

では早速ですが問題です!

あまたびクイズ

 Q.尼宝線(兵庫県道42号尼崎宝塚線)は本当は何ができる予定だった?

頭が切れる人ならわかるはず・・・。

正解は・・・

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正解

A.電車(宝塚尼崎電気鉄道)が通る予定だった。

でした!!ご存知でしたか??

今やもう実現不可能な話ですが、電車が通る計画があと一歩のところまで進んでいたのです。

詳細がこちらです。

1924年(大正13)に設立された宝塚尼崎電気鉄道は、宝塚と阪神電鉄の出屋敷駅を結ぶ計画(路盤まで完成)であったが、阪神電鉄への軌道乗り入れの技術的な問題から電車事業を断念し、宝塚から阪神国道(国道2号)の西大島にいたる建設中の軌道敷を舗装道路に転換してバス事業に切り替えた。1932年(昭和7)11月、宝塚-西大島間10kmにわたって幅員7mの尼宝自動車専用道路が完成、同時に資金難の尼宝電鉄を阪国バスが買収してバスの運行を開始した。武庫村方面の最初の交通機関であった。この道路は関西で最初の自動車専用道路で有料であったが、1942年4月に強制的に県道に編入された。通称尼宝線、現正式名称は主要地方道尼崎宝塚線。

出典: Web版尼崎地域史事典『apedia』

約90年前に阪急電車VS阪神電車が勃発していたようですね。しかも路盤は完成していたとのことなんで、ほんまに電車が通っててもおかしくなかっみたい。

そして、この話を聞くと尼宝線がひたすら真っすぐに伸びているのは、電車の為だったのが分かりますよね!

他にもよく思い出してみると、労災病院付近の道幅とかってめちゃくちゃ広いですよね。本線の横に側道がある感じになっている。

これも鉄道の名残なのかな。

阪神バスが現在、宝塚と尼崎を結ぶ路線を走るのも鉄道の名残のようです。

まさに幻の電車、尼宝電鉄

今度、尼宝線を走ることがある時は、ここは電車が走る予定だったんだ~と想像してみたはいかがですか♪

第1回あまたびクイズでした!