尼崎城が復元!歴史から最新情報まで丸わかりページ【尼の新名所】

尼崎市史上、最大プロジェクトと言っても過言ではない『尼崎城復元』。

この地、尼崎市にはかつて城が存在していたのです!

徐々に市民の方の中でも話題となってきていますが、まだ”なんとなく”の部分しか知らない方が多いと思います!

今回は完成予想図、歴史、工事の進捗状況、一口城主など連動企画等、2018年完成予定”尼崎城”の全貌をわかりやすくまとめました

より皆さんに”尼崎城”とやらがどんなもんか伝える為、自らの足で確認してきました!

尼崎城の完成予想図!

こちらが現在建設中の尼崎城完成予想図です。

尼崎にこんな立派な城が出来るなんて未だに想像できませんね!

元々、尼崎市は古くは城下町として栄えたまちです。ですが、今やお城があった事自体知らない人がほとんど。

阪神尼崎駅南東の城址(じょうし)公園で建設が進めれらています。石垣部分を含め、高さ約24メートルの5階建ての新天守が完成する見通しとなっています!

築城400年にあたる2018年の秋ごろには完成予定。一般公開は2019年春を予定しているようで、着々と工事が進められています。

出典:尼崎市HP

公園内も綺麗に整備され、新たな尼崎市のランドマークとなる気がします。

尼崎市は観光地と言う観光地が無いと言う現状でしたので・・・

その実情がこちら。

▽Yahoo!で尼崎市と調べるとランドマークが伊丹スカイパークになっている。

御覧のように、Yahoo!さんにもこれと言った観光地を認識してもらっていない現状です。

今後はこれも尼崎城に変わることでしょう!!

尼崎城復元による観光客増加が見込め、既に寺町と商店街関係者らが連携し、観光客の回遊に向けた取り組みを始めているみたいです。より一層、阪神尼崎駅周辺は盛り上がりそう。

【尼に城あったなんか知らん!って人向け】尼崎城は何の為にあった?初代城主は戸田氏鉄。

『もう城の歴史については知ってる!』って方は飛ばして下さいね♪超簡潔に歴史について説明します。

市の公式HPから尼崎城についてこのような説明があります。

尼崎城は、元和3年(1617)に5万石の大名として赴任してきた戸田氏鉄によって、現在の北城内・南城内の約300メートル四方、三重の堀をもち、甲子園球場の約3.4倍に相当する敷地に築かれました。このように、5万石の大名の城としては大きすぎる城を幕府が作らせたのは、尼崎城に大坂城をの西を守る役割を期待したためでした。現在の庄下川も西側の外堀として利用され、沖からみると城全体が海に浮かんでいるように見え、美しく水に写る姿は「琴浦城」の名称で親しまれていました。城は本丸・二の丸・松の丸・南浜・西三の丸・東三の丸と渦巻き状に外へと広がり、中心の本丸には本丸御殿や4層の天守閣が建てられていました。明治6(1873)年に廃城が決まった後、城の建物は売却されたり取り壊され、堀も次第に埋められていったために、今では全くその姿を見ることはできなくなりましたが、発掘調査により遺構や遺物が発見されています。

出典:尼崎市HP

徳川家より厚い信頼を置かれていた戸田氏鉄(別名:左門)が築いた尼崎城。『尼崎城に大坂城の西を守る役割を期待した為』とあるように、尼崎城は幕府の軍事面において重要な役割を担っていたようです。

▽尼崎城の本来の姿を撮ってきた。(尼信博物館)

めちゃくちゃ立派ですよね!!!尼崎城すげえぇぇ。

大物川と庄下川が大阪湾に注ぐデルタ地帯に築城された城で、尼崎城に直接船が横付けできた事から、海に浮かんだような城「琴浦城」とも言われてたそう。

※現在、復元工事がされているのはこの写真の中の一番高い建物(中央やや右上)の天守閣です。

しかし時代の流れは儚く、「維持管理が大変だった」ようでお荷物扱いとなり、1873(明治6)年の廃城令に伴って取り壊されたのです

そして時は流れ2018年・・・遂に復活となります!!実に楽しみ。

その名残は今も尼崎に残っている。

現在も尼崎市の地名や場所に城があった名残を垣間見ることができます。ってことでこれも回ってきました。

▽城内という地名

▽明城小学校(旧城内小学校)横にある尼崎城址

▽櫻井神社にある戸田氏鉄の家紋「九曜紋」

▽左門(戸田氏鉄の別名)の名から取られた左門殿川、左門橋


尼崎城築城と共に行った治水事業の功績が称えられ、左門氏の名前が川や橋の名前となっていたり、そのまんまですが”城内”と言う地名があったりと普段何気なく生活している上では気付かないですが、お城があった名残が今も残されていたのです。

以前、『嵐ファンの聖地 尼崎市「櫻井神社」は予想以上に聖地だった!』の記事を作成したのですが、実はこの神社も尼崎城との関係があったんですよね。

自分の街という事もあって、元々歴史に特に興味も無かった私も、色々と調べていると段々と楽しくなってきました。(笑)

【誰が費用を持った?】『地元に恩返しがしたい』ミドリ電化創業者安保詮氏

ここから尼崎城復元となった立役者について。

家電販売店の旧「ミドリ電化」を尼崎市で創業した安保詮(あぼあきら)氏がなんと10億円超とされる建設費用を拠出。市に城を寄贈することを発表したのです。

その理由が『地元に恩返しがしたい』

カッコ良すぎて言葉が出ない。当の本人は「城には全然興味はない」と話しているようです。間違いなく後世に語り継がれ、尼崎市の歴史に残る偉大な方でしょう。

【建設はどこの会社?】松井建設と大和デザインファーム

建築会社は松井建設株式会社。神社・仏閣・文化財の多くの建設に携わってきた会社。金沢城菱櫓の建設も過去にされています。

設計者は大和デザインファーム 一級建築士事務所。尼崎の新たな歴史を作って頂いたことに感謝したいです!

【尼崎城現在の様子は?】工事の進捗状況

▽尼崎城現在の様子 2018年1月25日撮影

今はこんな感じです。だいぶ形が出来てきましたね~!!

こちらの記事で尼崎城の建設過程をより詳しく見れます!段々と大きくなっていく姿を記録しています

工事中の尼崎城・天守閣の現在のようす

尼崎城に関する寄付・連動企画まとめ

尼崎城復元に伴い、市が様々な企画を開催しており、主な企画をまとめました!寄付関係は、勿論お城の運営や維持に使われます。

尼崎城一枚瓦寄附

1口(3000円)ごとに瓦一枚の裏面に記名ができます!自分の名前、家族の名前、そして記念のメッセージなども記入できるみたいですよ~!

例えばご結婚、ご出産、ほかにも会社の方なら開業記念、周年記念など尼崎城に刻むことが出来るんですよね。これは個人的にめっちゃやってみたい。

市役所に問い合わせたところ、現在も応募可能なようです!詳しくは市のページをご覧ください。

尼崎城一枚瓦寄附の募集について|尼崎市公式HP

配布パンフレット①

配布パンフレット②

 

尼崎城一口城主寄附

こちらは尼崎城内部に氏名を掲示してくれます。さっきの一枚瓦寄付の3000円とは打って変わって、3万円以上、10万円以上、30万円以上、100万円以上のコースとなっています!

コースにより掲示するパネルの大きさが変わり、3万円だと縦1㎝横3㎝、100万円以上だと縦5㎝横20㎝。

高額ですが、自身や会社の名が先ほどの瓦とは違い、自分の目で見える施設内に掲示されます!!

ちなみに市役所の方に『100万円以上の寄付をされた方はいるのですか?』と尋ねたところ、『います』とのこと!

こちらも現在も応募可能なようです。

尼崎城一口城主寄附の募集について|尼崎市公式HP

配布パンフレット①

配布パンフレット②

 

尼崎城プロジェクトサポーター

これはお金を寄付ではなく、SNSで城の情報を発信したり、ご家族や周りの人たちに城のことを伝えるサポーターの役割です!最も気軽に尼崎城に関われる企画です。

登録すると、個人の方には「尼崎城プロジェクトロゴマーク缶バッチ」団体の方には「尼崎城プロジェクトロゴマークステッカー」が貰えるみたいです。

より気軽に参加できるスタイルとなっています!

※注意

郵送やFAXでも登録可能ですが、「尼崎城プロジェクトロゴマーク缶バッチ・マークステッカー」は役所で登録した方のみのお渡しとなっているようです!

尼崎城プロジェクトサポーター募集|尼崎市公式HP

配布パンフレット①

 

尼崎城のアクセスなど詳細

阪神電車に乗りながらでも尼崎城が見えるくらいで、市外の方もアクセスは抜群にしやすいです。

名称:尼崎城

住所:兵庫県尼崎市北城内27(Googleマップで見る

最寄り駅:阪神尼崎駅(徒歩2分)

一般公開オープン日:2019年3月上旬

入館料(2階以上の有料スペース):高校生以上500円、小中学生250円

営業時間:未定

電話番号:06-6489-6147(尼崎市ひと咲きまち咲き担当局 まち咲き施策推進部 城内まちづくり推進課)

随時最新の情報が出れば更新していきます!

完成が待ち遠しいですね~!!